KUSHIRO National College of Technology, class in modern society

釧路高専 現代社会講座

専攻科2年 「技術者倫理」

● レポート作例

失敗を活かすには――雪印食中毒事件に学ぶ

谷津田 恵

1. はじめに

 雪印食中毒事件は,平成12年6月27日に最初の被害届けが出されてから,有症者数14,780名と報告されている。被害の原因は雪印乳業(株)大阪工場製造の「脱脂粉乳」等から引き起こされた食中毒であった。
本レポートでは,この事件の概要と過去に自身が体験した失敗の事例を踏まえ,今後の技術者としてのあり方を考えていくこととする。

2. 事件の概要

 平成12年6月,雪印乳業(株)大樹工場(北海道大樹町)で製造された脱脂粉乳が停電事故で汚染され,それを再溶解して製造した脱脂粉乳を大阪工場で原料として使用していた。その脱脂粉乳に黄色ブドウ球菌が産生する毒素(エンテロトキシン)が含まれていたことが食中毒の原因であった。雪印乳業(株)は事件直後の対応に手間取り,商品の回収や消費者への告知に時間を要したため,被害は14,780名に及んだ。

 この事件によって,社会に牛乳,乳製品をはじめとする加工食品の製造に,不信と不安を抱かせるだけでなく,乳等省令についての乳業界の解釈と社会の理解との乖離が明らかになるなど,社会に対して大きな影響を与えた。昭和30年に発生した「雪印八雲工場食中毒事件」を風化させてしまい,その教訓を活かすことができなかったことが,この食中毒事件の発生につながったといえる。

3. 失敗事例の活用

 事件発生後,雪印乳業(株)は停電事故対策を含む改善計画や抜本的な組織改革を行い,事件の遠因とされる複雑な会社組織を大幅に見直した。支社制や事業本部制などを廃止し,商品の品質管理の向上のために社長直轄の商品安全管理室を設けた。また,厚生省,総合衛生管理製造過程(HACCP=ハサップ)の承認を受けた全国の牛乳製造工場に,原料の脱脂粉乳の毒素検査を義務付け,エンテロトキシンを危害原因物質に加えることを検討した。さらに,類似の食中毒事例の再発を防止するため,衛生基準の策定,HACCPの導入等の措置を講じた。また さらに日本乳業協会は品質保証・危機管理マニュアルをまとめ,業界への周知徹底を図った。

 しかし「マニュアル」は形骸化してしまいがちであり,その結果が同様な食中毒事件の再発であった。私は今後,「マニュアル」の在り方も考えなければならないのではないかと考える。

4. 自身の経験との類似

 今回の事件と自身の過去の経験の類似点の大きなポイントは“過去の経験を活かせず,同じ失敗を繰り返してしまったこと”である。
 私は吹奏楽部に所属している。吹奏楽部では,新入部員が来ると必ず「楽器の扱い方講習会」を行うことになっている。これは合奏や演奏会などで楽器を持って移動することが多いため,部員全員が全ての楽器を正確に扱えなければならないからである。しかし部員が楽器を落としてしまう,持ち方を間違えて壊してしまうという事故が連続して起こった。その際にミーティングを開き,楽器の使い方といかに価値があるかを改めて説明した。これは「マニュアル化」された「楽器の扱い方講習会」を機械的に行い,この講習会の意味を真に理解していないことが原因であると考えた。このことから,今までは単に行事として行われていた講習会を開催前には必ず,「過去に楽器を落としてしまう,または持ち方を間違えたために壊してしまうという事故が連続して起こった。」という事実を話すことにし,楽器の価値や大切さを意識してもらうことを心掛けた。

 このように,ものごとの意味を真に理解してもらうためには,必ず理由を説明しなければならないと考え,私は何事にも必ず理由を説明することを促した。しかし現在はこれが引き継がれておらず,また楽器の扱い方が雑になっているとの報告も受けている。まさに方法が風化してしまったために再発しつつある例であると考える。

 今後のためにもう一度,「真に意味を理解してもらう」ことについて部内で検討することが必要であると考えており,計画している最中である。これが習慣化されることで,その他のコミュニケーション不足の問題,練習の効率化の問題なども解決することができると考えている。

5. 技術者としての在り方

 企業の人間として作業をしていく上で大切な要素は,「作業の効率化」,「作業の精度」,「作業の低コスト化」であると考える。しかしそれを重視するばかり,ユーザーの安全を忘れてはならない。この公衆の安全が確保されることによって,初めて公衆からの信頼を得ることができ,その製品やシステムを開発した技術者も世間から認められることになる。製品やシステムの安全確保は,企業のなかでも開発・設計に携わった技術者にしかできない重要な作業である。春から一人の技術者として企業で働く中で,最優先されることは公衆の安全であり,ユーザーからの信頼であることを忘れず,「マニュアル」を「失敗の歴史」として大切にしていこうと考えている。

※ ここに掲載した文章は,学生から提出のあったレポートの中から後進の参考になるであろうと思われるものを講義担当者が選び,文章表現について添削を施したうえで提示しているものです。筆者の見解を,講義担当者ならびに学校が承認しているものではありません。


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