KUSHIRO National College of Technology, class in modern society

釧路高専 現代社会講座

専攻科2年 「技術者倫理」

● レポート作例

失敗を活かすには――六本木ヒルズ森ビル回転ドア事故に学ぶ

五十嵐優太.

はじめに

2004 年3 月26 日,東京都港区六本木にある大型複合施設高層ビルに設置されている大型自動回転ドアによる事故が発生した.本レポートでは,本事件の概要,原因を踏まえた上で,「失敗を活かす」にはどうすればよいかを考察する.また,自分自身の実体験と照らし合わせ,身の回りの「失敗」についても考察する.

1 本事故の概要

本事故は,東京都港区六本木の大型複合施設「六本木ヒルズ」内の森タワー2 階正面入口で発生した.母親と観光に訪れていた当時6 歳の男児が三和タジマ製の大型自動回転ドアの回転するドアとドア枠の間に頭部を挟まれた.その後,男児は病院に搬送されたが約2 時間後に死亡した.男児が死亡した主な原因として以下の点が挙げられている.
1. 回転ドアの重量が重く,停止動作開始後に停止するまでに時間がかかる設計であった.
2. 男児がセンサの死角に入り,緊急停止装置が働かなかった.
本事故1ヶ月後には,同ビルの大型自動回転ドアを全て撤去する方針を固め,逐次実施した.

2 本事故に関する考察

本事故で使用されたドアに由来する事故原因を以下に挙げる.
1. 見栄えをよくするため,本来のオランダ製自動回転ドアよりも3 倍近く重い設計となってしまったことにより,回転の慣性力が大きくなり,危険度が増していた.
2. センサーの感知距離の設定が地上から約120 cm に対して,男児の身長が117 cm であり,死角に入ってしまった.
3. 危険をセンサで感知して緊急停止させる「制御安全」に頼る設計となっていた.
4. 以前から数十件の事故が発生していたのにも関わらず,製造会社である三和タジマと管理会社である森タワーは簡便な対応のみで済ませていた.
以上より,本事故は製造会社,管理会社ともに大きな過失があったと見受けられる.製造会社と管理会社,それぞれの過失に関する考察を以下に記述する.
製造会社は回転ドアの本質的な安全を意識して設計すべきであったと考える.また,設計後,「子ども連れや高齢者などに配慮した構造になっているか」を詳細に調査する必要があったと考える.公衆に対する技術者の責務は,公衆の安全・健康・福利を最優先に考えることである.公衆とはインフォームド・コンセント(説明と同意) を必要としている人のことである.技術者は公衆に対しての責務を忘れてはならないと考える.
管理会社は事故が数十件も起きているのにも関わらず,運用を続けていたのが問題であると考える.本事故が発生する以前に軽度の事故が多数発生していたのにも関わらず,安易な対応で済ませていたことにより,重大な事故を引き起こしてしまった.もし,軽微な事故が発生したときに適切な対応がされていれば,本事故は発生しなかったかもしれない.
また,この事故はハインリッヒの法則にそのまま当てはまる.ハインリッヒの法則とは,労働災害における経験則の一つである.1 件の重大な事故・災害が発生した裏には,29 件の軽微な事故・災害,そして300 件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリとしたこと,ハッとした事例) があるとされている.本事例でも重大事故(男児死亡事故) が発生する以前に軽微な事故(子どもが体を挟まれる事故) が発生していた.このことから,ハインリッヒの法則は有効であることがわかる.また,ヒヤリ・ハットに当てはまる事例を無視せず,対策を施さなければならないと考える.

3 失敗事例の活用

本事故発生後,様々な動きがあった.国土交通省と経済産業省は自動回転ドアの事故防止に関するガイドラインを策定し,回転速度を大人がゆっくり歩くスピードにほぼ等しい5 cm/秒以下に設定した.こうすることにより,緊急時にドアが停止するまでの距離を短くすることができる.また,センサの死角をなくすなどの対策による事故再発防止を目指した.
三和ホールディングス(三和タジマの親会社) は,利用者が扉に挟まれても衝撃が緩和される改良機種を発表した.改良機種には人が挟まれたときに折れ曲がる「折れ曲がりドア」が採用されている.また,失敗を活かすため,事故が発生した回転ドアを保管し,二度と発生させないよう心がけている.

4 自分自身の失敗経験と本事例

筆者が以前に住んでいた住居では,厚く重い玄関ドアを採用していた.本ドアを採用した理由は,外部の寒気によって内部が冷えないようにするためであったらしい.本ドアは厚く重いため,開けることにも大きな労力を要し,また,閉めるときは重さによりスピードが増すため,大変危険であった.筆者が幼い頃,手を挟みそうになることも多くあった.これがヒヤリ・ハットにあたる事例であると言える.危険を感じつつも,そのまま放置した結果,友人が手を挟み,病院へと運ばれる事故が起こってしまった.この事故の発生により,筆者の親は厚く重い玄関ドアから比較的軽い玄関ドアへと交換した.重大な事故(死亡事故) などが発生する前に対応できたのは,とてもよかったと今更ながら感じる.
回転ドア事故を知ったとき,「筆者の身近にもこういうことがあった」とすぐに感じた.実際に「自分自身の失敗事例」と「回転ドアの事例」はとてもよく似ている.ヒヤリ・ハットにあたる事例を無視すると,のちに重大事故が起こってしまうことが大きなビルでも小さな家でも発生しているのだ.小さな事故を見逃さず,なぜ発生したか,どのように発生したか,などを詳細に分析し,適切に対処することが重大事故を防ぐ1 つの方法なのである.

5 おわりに

本レポートでは,六本木ヒルズ森ビル回転ドア事故を例として「失敗を活かす」ことについて考察した.本事例からも「失敗から学ぶ」ことの重要性がよくわかる.事故は多くの場合,何らかの「失敗」から生じるが,この「失敗」を一時的な反省で終わらせず,失敗情報を知識化し,その知識を共有することが大切であると考える.

※ ここに掲載した文章は,学生から提出のあったレポートの中から後進の参考になるであろうと思われるものを講義担当者が選び,文章表現について添削を施したうえで提示しているものです。筆者の見解を,講義担当者ならびに学校が承認しているものではありません。


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