失敗を活かすには――パロマ湯沸かし器事故に学ぶ
坂上奨
講義では、かつて話題となった製品事故の例を取り上げ、その発生過程を検証することで技術者倫理のあり方についての理解を深めた。本レポートは、扱った事故例のうちの一つである「パロマ湯沸かし器事故」と、レポート要件である自身の体験を関連付け、技術者倫理の考察を行うものとする。
パロマ湯沸かし器事故について。これは、パロマ工業製のガス瞬間湯沸かし器が1985年から2006年までの20年間に27件の一酸化炭素中毒事故を引き起こし、死者が21人に達したという、我々の記憶に新しい事故である。事故の原因は、安全装置の故障による湯沸かし器の動作不良に対し、安全装置自体の短絡処理(無効化)によって解決を図ったという、不正改造の多発に因るものであった。この、その場凌ぎに過ぎない応急措置により、実際に器機の排気機構等に異常が発生した場合にも湯沸かし器は稼動し続けるため【こととなり】、結果として一酸化炭素中毒を引き起こすことになったのである。
この事件に関する倫理的な考察の要点には、次の二点が挙げられる。
一つは、修理業者は短絡処理を行うことで発生する事故を予見できたことである。講義資料中では「器具に詳しい者は施工しなかった」とあるが、これが技術者として正しい判断を下した例であろう。その反面、例え施工者が装置に詳しくない人間であっても(それ自体あってはならないことだが)、安全装置の短絡処理が招く最悪の結果は容易に想像できるはずであり、明らかにそれを理解したうえで一部の修理業者が不正改造を行ったことになる。
そもそも、この如何にも危険な修理方法が現場でとられた背景には、安全装置の部品の在庫不足があった。適切な修理に必要な部品が欠乏している中でも客の修理依頼を処理しなければならないという状況が、業者による不正改造を助長したと言えるであろう。
二つ目は、パロマ工業が故障の多発を認識していながらその対策を一切講じなかったことである。一般に、工業製品は使用環境から故障・不具合情報のフィードバックを受けることでその改善を図るのが常であり、特に安全に関わる部位であれば積極的に対策を講じる必要がある。自動車のリコール制度が良い例であり、製品安全の保証は製造業の義務なのである。
勿論、製造の時点で故障を予見することは困難である。しかし、パロマ工業は「不正改造」や「利用者の責任」として責任の所在を転換し、可能な処置の全てを怠った。適切な対策がなされていれば、先に挙げた不正改造の必要性は無くなるため、これは事故の本質的な要因と言えるであろう。
以上、パロマ湯沸かし器事故における技術者的失敗例を紹介したが、ここで自身の経験を紹介する。皮肉にも本講義期間中の出来事である。
自動車の整備が趣味である私は、冬季に向けてエンジンスターターの取り付けを行うことにした。自分の車はイモビライザー搭載車(鍵に固有の電気的情報を持たせたセキュリティ機構)であるため、エンジンスターター本体に加え、それを回避するためのオプションも注文していた。しかし、事前調査の不足から、イモビライザー回避オプションはサブキーをその筐体に内臓させるタイプのものであることに、商品が到着してから気付いたのである。私はサブキーを持っていない。ここで型通りの取り付け作業が出来ないとなれば、返品等を行って、サブキーが不要である他メーカーのエンジンスターターを購入しなおすべきだったが、金銭的な都合から強引な方法で取り付けを行うことにした。
イモビライザー機構の仕組みは、キーシリンダに設置されているコイルから、差し込まれた鍵に内臓されているICの情報を読み取るものである。そこで、鍵のIC基盤を抜き取り、キーシリンダからコイル取り外し、別の場所で基盤にコイルを巻きつけることでセキリュティの無効化を図ることにしたのである。これにより、イモビライザー回避オプションも不要となり、エンジンスターターを取り付けることが出来たのであった。
事が複雑であまり良い例では無かったが、実はここでパロマ湯沸かし器事故の特徴の一部を身近に示すことが出来ている。イモビライザーによるセキュリティ機構を「安全装置」、それを回避(短絡処理)することで強引に目的を達成する行為を「不正改造」に、それぞれ見立てているのである。部品の欠乏についても事情は異なるが同様である。湯沸かし器事故の場合には死亡事故の発生という痛ましい結果となったが、幸いにも私の場合は自動車が盗難にあう確率が高くなる程度であろう。とはいえ、このように盗難という重大な結果を招く恐れがある応急処置を施した私は、それを知りながら行った湯沸かし器の修理業者と同等と言えるのではないか。
本レポートのタイトルは、指定の型式に則り 「失敗を活かすには――パロマ湯沸かし器事故に学ぶ」 となった。この題意を改めて重く受け止め、一切対策を講じなかったパロマの失敗から学び、自身の愛車が盗難に合わぬように適切な処置を後々講じるつもりである。